茨城県旧大洋村に月3〜4回通っての菜園生活に終止符を打ちましたが、いまも町田の自宅近くに小さな畑を借りて,野菜づくりを続けています。菜園のこと、釣りや歴史散歩を中心にこのブログを続けています。
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収穫と植え付け(種まき)

 パソコンの不具合で、8月上旬から11月いっぱいブログを更新できませんでした。何とか復旧しましたので再開しています。

 岡上の畑〜11月

11月は、実りの季節です。
 上旬にはさつまいもの収穫を、そして下旬にはサトイモを収穫しました。収穫物は21人のメンバーに均等に分配しました。
11月はまた、植え付けや種まきの季節でもありました。

<11月の主な農作業>
○サツマイモの収穫
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・11月3日にメンバー16人が参加して掘り起こしました。また、近くの子ども文化センターの子どもとそのご家族にも来てもらって芋掘りをしました。ささやかな社会貢献です。
・サツマイモの種類ですが、8割方は「安納芋」で、自分たちで苗づくりしたものです。満足のいく出来でした。
○サトイモの収穫
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 サトイモは、この畑にあっているのでしょうか。毎年よくできます。今年も豊作でした。
○ショウガ、小松菜などの収穫
○畑の土起こし、畝作り
・サツマイモの後は早速苦土石灰を入れて耕し、また元肥(鶏糞中心に)を入れて畝作りをしました。
○ソラマメ、スナックエンドウ、キヌサヤの苗植え付け
・分担してポットに種を蒔き、苗として育てました。
○タマネギの苗植え付け
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・タマネギの苗作り、今年は失敗です。雨が多かったことと関係があったのでしょうか。そんなわけで、種苗センターや苗屋さんから購入した苗が大半です。
○その他、除草や畑周りの整備

<11月の作業参加者>
      11月 3日(金)  晴      参加者  16人
        9日(木)  晴      参加者    5人 
        15日(木)  晴      参加者  10人
        22日(木)  曇      参加者    6人
        28日(火)  曇      参加者    9人



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# by sm-116 | 2017-12-05 22:33 | 岡上の畑から | Trackback | Comments(0)

奥能登をめぐる旅(11月29日、30日)

   阪急交通社の奥能登周遊のツアーに参加しました。ツアーの名称は「輪島市白米千枚田を彩る壮大なイルミネーション あぜのきらめきとグルメで巡る奥能登大周遊」です。
  ・費用が安かったこと…のと里山空港利用促進協議会からの助成
  ・一度は行ってみたいと願っていた…世界農業遺産に日本で初めて指定された地域ということで

11月29日、羽田空港を40分遅れで離陸、10時半過ぎに能登空港に着陸。ここからは、観光バスで各地を巡る。

<見附島>(珠洲市)
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 形が似ていることから「軍艦島」とも呼ばれている。
 珠洲市内は現地のボランティアガイドさんがいろいろと説明してくださる。

<旧珠洲駅>(珠洲市)
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 旧のと鉄道能登線珠洲駅。能登線は1959年国鉄能登線として開通。1987年には第三セクターに移され、営業不振で2005年には廃線になったという。旧珠洲駅は、現在は道の駅「すずなり」となっていて、バスターミナルやタクシー発着所にもなってる。

<須須神社>(珠洲市)
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 伝説では第10だい崇神天皇の時代に創建されるが、8世紀中旬にはこの地に移され、日本海側一帯の守護神として崇められた。重要文化財の男神像、義経ゆかりの笛など見学する。

<禄剛埼燈台>(珠洲市)
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 能登半島最北端にある燈台。明治16年(1883)に造られたという。建設当時のまま今も役割を果たしているという。

<すず塩田村>(珠洲市)
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 能登半島の西側の海岸沿いに塩田が見えてくる。揚げ浜式製塩法やその歴史が学べる揚げ浜館を見学する。製塩は5月から9月までということで、実際の様子は見られなかった。

<白米千枚田の夜景>(輪島市)
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e0019686_1652990.jpg このツアーの最大の目玉、白米千枚田のイルミネーションを見る。
 海に面した斜面に1000枚を超える田んぼがあり(左の写真は夏の様子)、秋から冬にかけて21000個のLED電球をあぜに配し、ライトアップしている。撮影技術が伴わず写真ではよくわからないと思うが、その光景は素晴らしいの一言に尽きる。30分ごとにピンクから黄に、黄からピンクに色が変わる。

 宿での夕食は海鮮炉端焼きで、日本海の味を堪能する。

11月30日、宿を7時50分と早めの出発。
<輪島の朝市>(輪島市)
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e0019686_16293864.jpg 輪島漆器工房、酒蔵見学して輪島名物朝市へ。
 鮮魚や干物、野菜、民芸品などの露店が250軒もひしめき、賑わっていた。

e0019686_16352389.jpg ゆっくり散策しながら、見物する。

穴水駅(穴水町)から能登中島駅(七尾市)へ(のと七尾線に乗って)
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e0019686_1643479.jpg 穴水駅からのと七尾線に乗って能登中島駅までのローカル列車の旅を楽しむ。バスの車窓風景とは一味異なる風景に見入る。
 この駅には、国内にわずか2両しか残されていない鉄道郵便車が置かれていて、内部は往時を知るミニ博物館になっている。ガイド案内人の説明を聴きながら見学する。

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<能登ワイナリー>(能登町)
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 この後、再び北上し能登ワイナリーへ。石川県内では初めての本格的なワイン醸造所。周辺には専用のブドウ畑が広がっている。何種類かのワインを試飲する。
 これで全ての見学行程を終わり、のと里山海道を通って小松空港に向かう。

 過疎化に立ち向かう、村おこし、まちづくりに懸命な姿を伝えようとする思いを確認するツアーであった。この奥能登地域に人を呼び込み、活性化をはかろうとする思いが「のと里山空港利用促進協議会」に結集して、今回のツアーが組み立てられているようだ。その意味で内容の濃いツアーだった。日程上は少々きつい部分もあり、1〜2個所省略した方がという印象だったが、旅行社も地域の思いを受け止めざるを得なかったのであろう。
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# by sm-116 | 2017-12-03 15:26 | 旅行or小さな旅 | Trackback | Comments(0)

境川沿いの武相の史跡を巡る

 まちだ史考会主催の歴史散歩「境川沿いの武相の史跡を巡る」に参加しました。具体的には「境川両岸の相原・小山と旧橋本宿を歩く」という副題がつけられています。
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90人近い参加者がJR相原駅を起点に、快晴で、穏やかな天候のもと、9時45分にスタートしました。
相原駅の近くの民家のケヤキが青空にすくっと突き出ていたのが印象的でした。
コースは、青木家屋敷、清水寺、旧橋本宿、瑞光寺、香福寺、宝泉寺、原家長屋門、蓮乗院、天縛皇神社、札次神社と、境川に沿って町田市と相模原市を行ったり来たりしながら最後は京王線多摩境駅近くで解散です。スマフォの歩数計で13000歩ほどでしょうか。
以下、写真でコースを振り返ってみましょう。

青木家(町田市相原)
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 幕末に名主を務めた青木家屋敷は、文久2年(1862)に造られたもので、東京都指定の史跡になっている。また、分家は「回春堂」を開業し、今日に至っている。

清水寺(町田市相原)
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 臨済宗の寺院で、宝永元年(1704)建立と伝えられている。本堂、観音堂(町田市指定有形文化財)、鐘楼等が並び建つ。石段の上からの紅葉と橋本の街を望む。

瑞光寺(相模原市緑区橋本)
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 境川にかかる両国橋を渡り、相模原市側へ。ちなみに少年時代、青年時代を橋本で過ごした私にとっては大変に懐かしい地域。両国橋の下で泳いだことなど思い出す。
 両国橋を渡った16号線沿いは、江戸時代の大山道の宿場だったところ。古鎌倉道もここを通っていた。牛久保の長屋門などにその面影を見る。
 瑞光寺は曹洞宗の寺院で、天正14年(1586)開山と伝える。境内には樹齢600年という榧の古木もある。江戸時代には寺子屋が開かれ、また旭小学校のもとになった「本然学舎」が開かれ、その記念碑が建てられている。

香福寺(相模原市緑区橋本)
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 秋葉大権現を見て香福寺へ。
香福寺は臨済宗の寺院で、応永18年(1411)の開山と伝えられている。山門を入ると、池が配置された庭が清々しい。
 ここで昼食(弁当)をつかわせていただいたが、温かいお茶のサービスなど寺院側の心配りに感謝する。

横町橋(相模原市緑区橋本)
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 橋のたもとに小さな稲荷社が祀られ、周辺の木々も紅葉している。境川は改修が進み、ほとんどのところで直線化しているが、ここは大きな蛇行がそのまま残されていて、のどかな雰囲気を残している。

 宝泉寺(町田市小山町)
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 横町橋を渡り町田市側へ。境川に沿って1キロほど下り、宝泉寺へ。
 宝泉寺は臨済宗の寺院で、延文4年(1359)に開山された。本尊である木造の釈迦如来坐像、十六羅漢図は町田市の指定有形文化財になっているが、拝観は叶わない。

腹清兵衛家長屋門(相模原市緑区東橋本)
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 再び相模原市側へ。東橋本で立派な長屋門を見る。天保14年(1843)、今のJr相模原駅辺りから南橋本辺りまで206町歩を開発した原清兵衛家の長屋門である。清兵衛にちなんで「清兵衛新田」と呼ばれてきた。
 門の長さは約16.6m,奥行きは約3。6mあるという。母屋は近年ビル化されているが長屋門にかろうじて昔の面影を残している。

蓮乗院(相模原市緑区東橋本)
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 台地面から境川に下る。蓮乗院はその途中にある。真言宗智山派の寺院で、開山は元和元年(1615)と伝えられている。ここで原清兵衛の墓を見る。

二十三夜堂・精進場(相模原市緑区東橋本)
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 境川を渡る橋の手前で、小さなお堂・二十三夜堂を見る。旧暦二十三夜の下弦の月を拝むための集まりが二十三夜講で、そのためのお堂だったのだろうか。
 また、この場所(境川)が大山詣でのための精進場でもあった。二十三夜堂の脇に碑が建てられている。

天縛皇神社(相模原市中央区宮下本町)
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 境川に沿ってさらに下ると天縛皇神社に至る。旧小山村の村社で、この神社をもとに宮下、宮上という地名もつけられたという。

札次神社(町田市小山ヶ丘)
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 常陸国鹿嶋神社を奉遷したものだが、創建の年代は不明。周辺の開発で京王線多摩境駅がすぐ隣にでき地域は大きく変わった中でかつての面影をとどめている。
 今回の歴史散歩の最終地点である。

 山は人と人を隔て、川は結びつけるという。相原、小山など町田市と相模原市に同じ町名があるのもごく自然である。行政の都合で境川が「境」にされてしまったが、人々の暮らしは川を挟んで向かい合っている。そんな姿を感じさせられた歴史散歩であった。



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# by sm-116 | 2017-11-27 22:20 | 旅行or小さな旅 | Trackback | Comments(0)

日照が少なかった8月後半

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 8月後半は猛暑日もありましたが、雨や曇の日が多かったようです。サツマイモは葉をいっぱい広げているのですが、蔓ボケしているのではと心配です。実は昨年も同じような状態でイモがほとんど着きませんでした。
 猛暑と雨をかいくぐって、ダイコンやキャベツなど秋の作付けに向けて準備を進めてきました。何とか間に合いそうです。

<農作業日誌 8月−2>
8月19日(土)
◯なす、トマト、ピーマン、神楽南蛮、アシタバ、オクラ収穫
◯サツマイモつる返し
◯除草など
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 〜オクラは3本だけ植え付けました。いい花を咲かせています。

8月21日(月)
◯ナス、トマト、ピーマン、神楽南蛮、ネギ、インゲン収穫
 〜ナスは長ナスと丸ナスですが、長ナスが次から次実をつけています。ピーマンも引き続きよくできています。インゲンは日照不足でしょうか、実付きがよくありません。
◯ダイコン等予定地の土起こし、苦土石灰混入

8月26日(土)
◯ナス、トマト、ピーマン、神楽南蛮、オクラ、ネギ、インゲン、オクラ収穫
 〜トマトは苗を5本植えたのですが、今残っているのは「アイコ」一本だけ。神楽南蛮も3本だけですが、よくできています。しょうゆ漬けにして食べています。ちょっとピリットして食が進みます。
◯ネギ(7月に植え付けたもの)追肥、土寄せ
◯ダイコン灯予定地に元肥混入

8月29日(火)
◯なす、トマト、ピーマン、神楽南蛮、オクラ、インゲン、ミョウガ収穫
 〜ミョウガは前から畑まわりに生えていたもの、大きいミョウガがとれます。
◯畑まわりの除草、整備



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# by sm-116 | 2017-09-05 16:37 | 家庭菜園の記録 | Trackback | Comments(0)

今日の収穫は…

 8月に入ってからは連日曇や雨の日が続いています。畑には、時折収穫に行くだけになってしまいました。そろそろ秋の作付けの準備をと思いながらままなりません。
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 家内が育てている鉢植えのブーゲンベリアが淡いピンクの花を咲かせています。

<農作業日誌 8月ー1>
8月7日(月)
◯キュウリ、トマト、ナス、ピーマン、神楽南蛮、ニラ、オクラ収穫
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◯ニンジンなどの除草

8月10日(木)
◯ナス、ピーマン、トマト、ミョウガ収穫
 〜ミョウガは畑の脇に出ていたものです。地主さんにことわって撮らせていただいています。

8月13日(日)
◯ナス、トマト、ピーマン、神楽南蛮収穫
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 〜神楽南蛮は新潟県山古志村(現・長岡市)の特産です。肉厚、大型でさわやかな辛味があり、ゴツゴツとした外観が神楽面に似ていることから「かぐらなんばん」と呼ばれるようになったそうです。
 一昨年山古志に行った時に味わったのですが、昨年たまたまホームセンターで苗を見つけました。時期がずれていて売れ残りの苗を廉売していたものです。早速植え付けましたが、あまり収穫できませんでした。今年も注意して見ていたら5月の上旬に同じホームセンターでいい苗を売っていました。3本ばかり購入して畑に植え付けました。まあまあの実付きです。気象条件のちがいで本場の味にはほど遠いのかもしれませんが、神楽南蛮味噌にして味わっています。



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# by sm-116 | 2017-08-20 10:40 | 家庭菜園の記録 | Trackback | Comments(0)

「戦後史のなかの生活記録運動」を読む

副題  東北農村の青年・女性たち
著者  北河賢三(早稲田大学教授)
出版  岩波書店(2014年10月28日 第1刷発行)
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 戦後初期の青年運動、文化運動が停滞ないしは終息した後、1950年代に入ると、各地で民衆による新たな文化運動が高まりを見せてきた。それまでペンをとることのなかった女性や若者たちが自らの生活を見つめ、それを記録する営み、生活記録運動が各地で取り組まれタ。そのもっとも活発な地域の一つが東北の農村であったという。
 本書では、岩手の社会・文化運動と『岩手の保健』、山形の教育文化運動、秋田の生活記録運動、山形県を中心とする農村女性の生活記録などを丹念にたどっていく。そして、戦後思想史・文化史に特筆されるこの動きは、草の根保守に風穴をあけ、民主主義を紡ぎ出す営みであったことを浮き彫りにする。
 一般に戦後の新たな息吹の記録は、戦時体験の記録にくらべると少ないが、当時を担った人々の記憶があるうちにそれを掘り起こすことは大きな意義がある。
 なお、地域の生活や文化運動は、社会教育関係者による力が大であるが、学校の教師も大きく寄与していたことにあらためて敬意を表したい。



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# by sm-116 | 2017-08-19 21:39 | 読書 | Trackback | Comments(0)

熱中症に気をつけながら

 K農業クラブ7月の畑
   7月 5日(水) 晴     参加者 8人
     12日(水) 晴        10人
     18日(火) 晴         9人
     25日(火) 晴・曇       8人
     31日(月) 晴        13人

 7月に入ってからも空梅雨で、雨はあまり降らず、暑い日が続きました、朝9時頃から作業を始めますが、強い日射しの中1時間もすると、汗びっしょりです。そんなわけで熱中症に気をつけながら、必要最低限の作業にとどめています。
 今年の夏野菜は、トマトとナスですが、けっこうよくできて、作業日の度に収穫物を持ち帰れます。

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<7月の主な農作業>
◯トマト、ナスの収穫
◯ゴーヤー苗植付け、棚作り
◯サツマイモつる返し、ショウガなどの除草
◯畑まわりの草刈りなど



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# by sm-116 | 2017-08-09 11:02 | 岡上の畑から | Trackback | Comments(0)

今年の夏野菜は

 夏野菜の収穫本番です。
 ところで、今年の夏野菜の出来を5段階評価でまとめてみました。
☆キュウリ…2
 〜カビ病がひどく思った程の収量になりませんでした。苗は自作苗です。
☆トマト…2
 〜購入苗で5本植えたのですが、3本が病気で十分に成育する前に萎れてしまいました。
☆ナス…3
 〜自作苗で、長ナス5本、丸ナス5本を植え付けました。多少病気にかかり、思った程の収量はあげられていません。ちなみに昨年は全滅状態でした。
☆ピーマン…5
 〜購入苗で5本植え付けました。次から次と大きな実をつけています。

<農作業日誌 7月ー2>
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7月17日(月)
◯サツマイモ除草
 〜「紅あずま」、「紫イモ」をそれぞれ10本ずつ植え付けましたが、何とか根付きました。
◯ネギ除草、追肥、土寄せ
◯ナス、キュウリ収穫

7月19日(水)
◯キュウリ、ナス、ピーマン、トマト、ニラ収穫
◯除草

7月22日(土)
◯キュウリ、ナス、ピーマン収穫

7月24日(月)
◯キュウリ、ナス、トマト、神楽南蛮、オクラ収穫
 〜オクラは初収穫です。
◯ニンジン、ゴボウ種まき
 〜雨が降らなかったので、発芽まで2、3回水やりをしました。

7月27日(木)
◯ナス、トマト、ピーマン、キュウリ収穫
◯除草

7月29日(土)
◯ナス、トマト、ピーマン、神楽南蛮収穫
◯畑まわりの整備

 家の庭にプランターを使って栽培している「ころたん」です。「ころたん」はサカタのタネが売り出しているネットメロンです。3株セットで購入し、プランターで育てていますが、2株は実を着けた段階で立ち枯れてしまいました。残った1本は何とか育っています。
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# by sm-116 | 2017-08-03 11:17 | 家庭菜園の記録 | Trackback | Comments(0)

「南部百姓命助の生涯」を読む

副題  幕末一揆と民衆世界
著者  深谷克己(早稲田大学名誉教授)
出版  岩波現代文庫(2016年5月17日 第1刷発行)

e0019686_1705679.jpg 本書は1983年に朝日新聞社から刊行されたもので、若干の新稿を加えて文庫化されたもの。
 奥州南部藩の城下町盛岡の牢内で、一人の百姓が安政6年(1859)に3冊、文久元年(1861)に1冊、計4冊の「帳面」を書き上げた。これらの「帳面」にはさまざまなことが記されたが、一言で表せば、残された家族への生活を案ずる手紙、あるいは遺書という性格のものである。
 これらを手がかりに百姓命助の行跡を追い、その時代の側面を浮かび上がらせたのが本書である。
 ところで百姓命助とはどんな人物だったのか。命助は文政3年(1820)南部藩の太平洋岸の山間の村、上閉伊郡栗林村に生まれた。幼少の頃遠野町へ出て読み書きから漢籍までを習う。17歳から3年間は秋田の院内銀山へ出かけて働く。帰村してからは荷駄商いにも従事。34歳の時に百姓一揆(三閉伊一揆)に加わり、仙台(伊達)藩に逃散。一揆終息後1年余で出奔し出家体となるが、37歳の時に京都に行き、二条家に召し抱えられ、二条家の家来として南部藩領に足を踏み込み、捕えられ受牢生活を送り、45歳でその生涯を閉じた。
 命助の生涯からいろいろなものが見えてくるが、それはこれまで認識していた近世百姓の姿とはずいぶん離れている。その一つは、百姓=農民ではないということが次第に明らかになってきているが、さまざまな職業民の実相が明らかにされていること。また、土地や身分にがんじがらめという印象も、命助の生きざまを見ると本当にそうだったのかと考えさせられる。従って「百姓一揆」も「諸業民による一揆」であったことも明らかになる。
 また、百姓一揆の要求項目に、藩主の首のすげかえや藩からの離脱(他藩への組み入れ、または幕府直轄地化)などの要求もあったことに驚く。
 いずれにせよ、新しい目を開かされる思いで読む。



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# by sm-116 | 2017-08-02 17:35 | 読書 | Trackback | Comments(0)

猛暑に耐えてーアマダイ五目

 K釣りクラブの例会。今回は小坪港「椿丸」からアマダイ五目の仕立船。同行者は5人にとどまる。
 釣り場は、江ノ島沖から葉山沖。水深は110mから120m。2本針でつけ餌はオキアミ。コマセを使っての釣り。
 波風は穏やかだったが、30度を超える暑さの中での釣りとなる。
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 釣果はアラ2尾(30cmと27cm)本命のアマダイ2尾(25cmと23cm)、アジ5尾(33cmから35cm)にとどまる。
 本命のアマダイは船中3尾にとどまったが、その内の2尾を釣り上げたことになる。後半はアジが活発に喰い、まあまあ楽しめた釣りとなる。
 アラは刺身に、アマダイは酒蒸しで食べたが、どちらもおいおしくいただく。なお、アジはしめておいた。



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# by sm-116 | 2017-07-23 16:54 | 釣り | Trackback | Comments(0)